「今」を大事に生きていく

過去は変わらず未来はわからないのだから

どうしたらいいんだろ? -顆粒膜細胞腫の再発-

私が8年前に発症した癌は

顆粒膜細胞腫と言い

とても稀なものです。

 

つまり

研究があまり進められていません。

 

今回はその再発だろうとのことです。

 

医師からは

「顆粒膜細胞腫は

 効果的な抗がん剤

 見つかっていません。」

と言われました。

 

それでも再再発をしないように

抗がん剤治療は行われる予定です。

 

それ。。。

やる意味あるのかな?っておもっちゃう。

そして怖い。

とても怖い。

 

 

 

手術のために

検査をいろいろ受けていますが

結果によっては

腫瘤の近くにある大動脈が

癒着しているかもしれないとか。

 

もし本当にそれが現実だったら

どうしよう。

不安が大きく大きく膨らんでいます。

 

 

昔から

くじ運がいい。

 

Jリーグが発足した時の

開幕戦のチケットを

当てたことがあったっけ。

 

稀な癌になったのも

くじ運で当てちゃったのかな?

なんてね。

 

 

どうなるのかな。

 

ネガティブな考えばかりが浮かび

どんどん自分を追い詰めています。

 

 

気持ちが落ち込んでいる娘に

私の不安が移らないように

泣いたり落ち込んで見せたりすることは

ありません。

 

昨日は娘を誘って

いつもの公園に行きました。

少しでも娘が

気分良く過ごせるように。

 

その行動が

私にも少しの元気を運んでくれました。

娘と歩く公園の散歩道。

風に吹かれて何度でも歩きたいな。

 

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いろんな病があり

苦しんでいる人が

私の知らないところに

たくさんいるんだろうな。

 

私はたまたま

この病になったってだけ。

 

 

与えられた試練を

乗り越えなくちゃ。

それしかないんだけど。

 

受け入れたり

納得したり。

ひとりで考え込んで落ち込んだり

絶望感に押しつぶされたり。

 

それを繰り返しながら

少しずつ前に進んでいくのかな。

 

無理に受け入れようとか

前を向いて進もうとか

そんなふうには考えられないし

今はそれでいいよね。

 

不安なことを

吐き出したいけど

それを聞いた人が

嫌な想いをするんじゃないかと思うと

家族や友だちに

弱音を吐くことも

あまりできないでいます。

 

 

本当は

怖くて怖くて怖いです。

 

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公園の八重桜を見ても

その不安はなくならないでいます。

 

こんな時

どうしたらいいと思う?

 

どうしたら。。。

 

 

 

 

 

おじいちゃんの存在 娘の気持ち なにもわかっていなかった私

おとといのこと。

娘は初めて

「おじいちゃんに会いたいよ。

 おじいちゃん。おじいちゃん。」

と何度も何度も泣きました。

父が亡くなってから

1ヶ月半が経ちます。

 

私は娘の頭を撫でながら

「わかるよ。そうやね。

 お母さんもそう。」と言いながら

一緒に何度も泣きました。

 

「ずっと泣けないでいたんやよね。」

と聞くと

娘は泣きながらうなづいていました。

 

 

娘にとって

おじいちゃんは

不安な時に安心させてくれる

大切な存在だったんだね。。

 

実習前に不安でたまらなくなって

「おじいちゃんがいたらなあ。」

と言っていたのを

「そうだね。」と簡単に答えていたけど

娘のその言葉は

もっと深い意味があったことを

私はようやく気付いたのです。

 

ああ。

いつも娘のことを理解しようと

寄り添ってきたというのに。。

 

さらに娘の不安は

私の癌の再発によって

より大きくなりました。

 

母として

娘の不安のひとつになってしまったことは

とても辛いです。

 

でも親子の絆が深いからこそであって

思い合っている証なのかな。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今週娘の実習が始まりました。

2日行ったところで

実習中に涙が止まらなくなり

行けなくなりました。

 

「もう無理。もう頑張れん。」

そう言って泣く娘のココロの中が

どんなに辛いものかということを

私は体験したことがあると言うのに

なんとか実習に行けないかと

優しい言葉で導こうとしていました。

だめなお母さん。。。

 

 

主治医や大学の先生方の

ご配慮により

どのように実習を乗り越えていくか

決まっていきました。

 

主治医からは

不安感が少なくなるように

しばらくは

主治医の診察を受けながら

家でゆっくり過ごすように

言われました。

 

ようやく安心した顔をしている娘を見て

「卒業に向けて前に進んでほしい」

とこだわっていた自分に

情けなくなりました。

 

「お母さん。

 私、頑張れんでごめんね。」

と言う娘。

謝らなくっていいのだ。

頑張れない時なんて

誰にだってあるし

今回のように

大切な人の死や病気に直面した時は

落ち込んで当たり前だと思う。

 

「お母さんこそごめんね。

 生きていてくれたらそれでいい。

 どんなに辛いことがあっても

 必ず家に戻ってきてね。

 必ずお母さんのもとに戻ってきてね。」

 

そう言って頭を撫でると

強くうなづいてくれました。

 

 

「生きていてほしい」

それは母も娘もお互い同じ願い。

 

 

私は来週末までに

いろんな検査を経て

詳しい治療方針が決まります。

 

覚悟を決めて

治療に向かわなければならないのに

不安でたまらず

泣いてばかりいます。

 

でも。

なぜか娘の笑顔を見ている時だけは

私の病気の不安がさーっと晴れ

安心感でいっぱいになります。

 

娘と私は

お腹にいる時からずっと

強い絆で繋がっているんだと思います。

 

これからも

お互いが安心できる存在で

生きていくんだろうなあと

感じています

 

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父の葬儀の祭壇の花。

こんなにも長く

咲いてくれています。

 

娘が

「おじいちゃんのお花」と言って

写真を撮っていました。

 

お父さん。

ありがとう。

 

娘を

私を

どうか見守っていてください。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

暖かいコメントの数々。

心強いです。

ありがとうございます♪

 

これからも

よろしくお願いします。

 

 

 

わたし治療へのスタートを切れるのかな

ブログで自分の病のことを

これまでも話してきたけれど

今回は言うかどうか

迷いました。すごく。

 

でも

ブログを始めて

2年半近く経つ中で

いろんな方々の経験や思いを

聞かせていただいたり

コメントを

やり取りしていただいたりしているうちに

ブログは私の生活の一部となっています。

 

だから今回の大きな出来事も

ここでお話させてもらうことにしました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

8年前のガンが

再発しました。

半年に一度のガンの検診で

見つかりました。

 

先週の金曜日

電話でその結果を聞きました。

他人事のようで自分のこと。

 

再発はしないと思っていたけど

ココロのどこかで

もしかしたらいつか再発するかも

とも思っていたような。。。

 

その日は保育園を早退して

実家にいる母に伝えに行きました。

 

ようやく父の納骨を済ませ

母も落ち着きたいところなのにね。

お母さんごめんね。

 

父がガンで亡くなって

明日で49日。

父がいなくなってから

見つかってしまった私のガン。

 

お父さんのいない今

乗り越えられるのかな。。。

 

電話でガンの再発を告げられた時は

娘が来年度就職するまでは

生きていなくちゃと

思いました。

 

家に帰ると

娘が勉強をしていました。

「お母さん今日は早いね。

 なんかあった?」

娘がそう言ったので

「うん。検査結果が良くなかった。」

そう答えて

医師から告げられたことを

そのまま娘に伝えました。

 

娘に告げる時は

なるべく心配させないように

明るめの声で言うことができました。

 

「お母さんは大丈夫だよ。」と

娘が言いました。

 

そう言われると

本当に大丈夫だと思えてきました。

 

娘と楽しく会話していると

就職までなんかじゃなくて

結婚する時も

出産する時も

そばにいて

見ていたいと思いました。

孫を抱っこして

溺愛したいなーと思いました。

 

欲張りになって

もっと生きたいと思いました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

今日は大学病院の診察があり

詳しい説明を聞く日でした。

 

実習が始まる娘が

私の手首に

ブレスレットをしてくれました。

「あっ、これ。。」

そのブレスレットは

私が娘を出産した時

お守り替わりでで付けていたものです。

 

娘はそのことを思い出して

探しといてくれたのかもしれません。

 

娘を実習へと送り出し

私は旦那と大学病院へ行きました。

 

医師の説明を聞きながら

涙があふれました。

 

「仕方がないのだ。

 受け入れるしか。」

 

入院の手続きや

手術前検査の予約を済ませて

帰り道は

不動寺の八重桜を観に行きました。

 

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いい天気の中

かわいい八重桜を観ているというのに

「私、ガンなんだなあ。」と

ココロの中で自分の声が聞こえます。

 

不動寺では旦那と

あっちこっちにある御賽銭箱に

次々にお賽銭を入れて

お願いしてきました。

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私のガン治療が

無事におわりますように。

みんな元気で

過ごせますように。

 

 

 

なぜ

ガンにならなきゃいけなかったっけね。

 

なぜ

私なんだろうね。

 

あんなに頑張ったのに

なぜ

またガンになるんだろうね。

 

 

なぜなのかわからないけど

こういう人生。

 

受け入れて進むしかないんだな。

 

 

助けてーって

言いたいけど

自分で乗り越えていかなきゃな。

 

 

周りの人たちに助けは借りるけど

やっぱり私が自分で

頑張んなきゃな。

 

 

頑張れるかな。。。

今はまだわからないな。。。

 

 

 

無題

今日。

普通の日常が

なくなっていくような

そんな瞬間を味わいました。

 

早退することになり

保育室にカバンをこっそり取りに行くと

Mくんに見つかってしまいました。

 

私が保育室から出て行くのを見て

追いかけて抱きついてきました。

担任が引き離そうとしても

私から抱きついて離れませんでした。

 

それはとても愛おしくかわいく

そしてとても心強く

私はMくんをぎゅっと抱きしめました。

 

そして

「Mくんに靴下を見せてあげて」

とお願いしました。

 

子どもたちは

ちょうど外遊びに行くところだったからです。

 

言葉ではわからないけど

靴下を見せれば

外で遊ぶことを理解して喜んでくれます。

 

思った通り

靴下を見たMくんは

すんなり担任のところへ行きました。

 

よかった。

Mくんが泣かずに離れられて良かった。

 

 

私のココロに反して

今日は青空。

そして山々がきれいでした。

 

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娘が

「お母さんは大丈夫だよ。」と

とても強く言ってくれました。

 

よし。

わたし

だいじょうぶだな。

 

 

うん。

前に向かって行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きている意味がわからなくてもデーンと構えて生きていく

昨日の夕飯は

天ぷらうどんでした。

(写真を撮るのも忘れてた)

 

家族そろって食べたかったけれど

娘は自分の部屋で食べました。

 

なぜって。。。

 

娘が泣いて

目は腫れて

泣いた理由のわからないお父さんに

見られたくなかったから。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

昨日

私と将来について

いろいろ話している時

娘が

「生きてる意味がわからない。」

と話し始めました。

「私はいつも思ってきた。

 なんで生きているのか。

 そこに意味はあるのか。

 私に生きている価値があるのか。」

 

そうやって

ポロポロ泣き始めました。

 

そんな風に悩んでいること

お母さんはずっと気づいてるよ。

 

小さな頃から繊細で

たくさんのアンテナを張り巡らせて

いつもいろんなことを感じて

ドキドキしたり

ザワザワしたり。。。

不安だらけになっていたことを。

 

でも

そんな娘の姿に

私までオロオロしてしてしまうことがあって。

そんな私じゃきっと

娘は落ち着かなかったはず。。。

 

そうやって反省しながら

娘が安心するように

どんな時も話を聞いて共感して

いちばんの理解者になってきたつもりでした。

 

それでも

昨日のように

娘があんなに泣いて

あんなに不安になっていると

これまでの私の関わり方は

良かったのだろうかと

自信がなくなってしまう時があります。

 

 

今日は実習前のPCR検査のため

学校に行きました。

目は腫れたままで。

 

娘を心配しすぎて

オロオロした私は

電車の中の娘にメールを送りました。

 

そしたら娘から返信が。

「お母さん。

 都合いいことばっかり言わないで。」

 

私は応援するつもりだっただけなんだけど。

娘には伝わっていないどころか

ネガティブに伝わってしまいました。

 

そのあと

親友からメールが届きました。

「お母さんがデーンとしていてくれることに

 きっとほっとするよ。」

そうか。

私オロオロしてる場合じゃないわ。

 

大事なことは

メールなんかで伝えないで

目を見て伝えよう。

 

デーンと構えて

学校から帰ってきた不安な娘を

受け止めよう。

 

 

私が帰宅する頃には

娘は大学から帰ってきていて

リビングで勉強していました。

 

娘の方から

今日の出来事を伝えてくれました。

 

私は娘の前に座り

お茶を入れたり

娘の話にあいづちを打ったり。

 

これがデーンと構えてる私なのだ!

 

娘はだんだん元気になって

楽しい話も弾んで

歌まで歌って

おまけに勉強も進んで。。。

 

「ああ。お母さん心配したよ。

 でも今までも

 そうやって乗り越えてきたんだっけ。」

 

ココロの中で呟きました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今日の夕飯は

家族そろって

もちろん笑顔で

いただきました。

 

胃が痛いと言っていた娘に

脂っこくなくて

あったかい

おいしいごはんを。

 

カブとブロッコリーの焼き野菜。

パプリカはなかったけれど

おいしかったね。

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朝とれたホタルイカ

茹でて食べました。
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娘の好きなほうれん草。

味付けは

ごま油、しょうゆ

ごま、のり、かつおぶし。f:id:cocorony:20210413204453j:image

 

カブときゅうりとセロリの塩麹漬け。

ご飯が進むくんのやつです。

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豚汁であったまったね。
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娘がおいしそうに食べてくれるのが

お母さんにはごちそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お父さんの納骨法要 ずっと思っているね

朝からお天気が良く

陽射しがとても明るくて

気持ちの良い1日でした。

 

今日は

父の納骨法要を

無事取り行えました。

 

葬儀を終えてから納骨の今日まで

父はお骨となって

実家にいてくれました。

 

今日の納骨法要に来られない娘は

昨晩実家へ行き

父に手を合わせていました。

長い間父と話していました。

娘は目が赤くて

泣いたようでした。

 

それを見た母が

こっそり私にこう言ったのです。

「おじいちゃんの遺影見てたら

 涙出るんだろうね。

 私もそうやもん。」

 

え?

えーーー??

強い母からは

涙を想像できていなかった。。。

ごめんね。お母さん。

 

そりゃそうか。。。

長年連れ添ってきた人とのお別れ。

寂しくないはずがないよね。

 

 

納骨はお寺でさせていただきました。

仏様に見守られ

とてもありがたい気持ちでした。

お父さんも喜んでくれたと思います。

 

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御住職がこんなお話をされました。

「このお寺は柱で建っていると思ったら

 そうではないんですね。

 お寺に来ていただいている人たちに

 支えられているんです。

 皆ご縁によって

 支えられているんですね。」

 

ほんとだな。

お父さんとも縁があって

親子になれたんだ。。。

とても感謝しています。

お父さんありがとう。

 

そしてこんなお話も。

「先日こんなふうに思ったのです。

 今日1日なんかぼーっと過ごしたなーと。

 こんな私の1日と

 病気の方の1日は

 重さも長さも違うんじゃないかと。

 ご病気の人は

 明日1日生きるということを

 毎日願っておられるのに

 私たちは当たり前に

 明日も生きられると

 思っているものです。」

 

私は大病もして

生きることは当たり前ではないことを

身をもって感じたのに

繰り返しの毎日の中で

明日はまた来ると思っています。

 

毎日を愛おしく大切に過ごそう。

お話を聞いて

そう思いました。

 

 

父のお骨は

お墓の中に入って行きました。

それに寂しさは感じませんでした。

 

父は

痛みも苦しみもなくなり

自由になったと思います。

よかったね。

お父さん。

 

それにきっと私たちのことも

見ていてくれるというココロ強さも

感じています。

 

 

法要が終わると

実家で精進料理をいただきました。

 

母が

「コロナだし

 みんなお料理は持ち帰って

 自分の家で食べたらいいよ。」

と言っていましたが

母をひとりにするのは心配で

みんなでワイワイいただきました。

 

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「お父さんだったら

 きっと〇〇って言ってるね。」と

みんなで父のことを思い出して

みんなで父のことを話しました。

 

 

納骨の日は

お父さんとお別れしなくちゃと

思ってきたけど。。。

 

お父さんとのお別れは

ずっとしなくていいのかもしれません。

 

ずっと思っていようと思います。

 

お父さん。

今日はお疲れ様でした。

これからもよろしくね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病でも笑顔で生きていく姿に感動する

今日は

隣県の大学病院での

診察日でした。

 

朝から寒くて雪予報でした。

小粒の雨の降る中

運転して出かけました。

 

 

8年ほど前に寛解した癌。

それから定期検診を

大学病院で受けています。

 

cocorony.hatenablog.com

 

治療後の定期検診は

地元の総合病院でしていくことも

考えたのですが

今でも半年に一度

隣県の大学病院まで

足を伸ばしています。

 

万が一再発した時に

また同じ大学病院で

治療してもらうために。

 

これは先月亡くなった父の

強い願いでもありました。

 

私の運転が心配で

定期検診のたびに

父が送迎してくれました。

 

半年前の受診日は

父は闘病中で

運転などできる状態では

ありませんでした。

 

cocorony.hatenablog.com

 

「ひとりで行ける?」

ととても心配してくれました。

半世紀以上も生きている娘でも

心配なものなのですね。

 

一年半前の受診日は

私の癌の再発の疑いが出て

父の送迎で

詳しい検査を受けに行きました。

 

cocorony.hatenablog.com

 

あの時

結局わたしは陰性で

父が癌を患っていたことも

分かっていませんでした。

 

その時のことを思うと

自分のことばかり心配していたことに

恥ずかしさや悔しさが込み上げてきます。

 

そして受診日である今日は

父はもういなくて。。。

人生っていろいろあるなと

思うのでした。

 

時間が流れていることを

こんな形で実感しています。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

CT検査室の前で

順番待ちをしているところへ

生後半年くらいの赤ちゃんと

20代くらいのお母さんがやってきました。

赤ちゃんは点滴をしていました。

周りには付添のスタッフの方が

3人もいらっしゃいました。

 

大学病院なので

研修医や研修看護士さんかもしれません。

 

赤ちゃんは

どこが病気なのかわからないくらい

元気でした。

お母さんも落ち着いていて

笑顔あふれる方でした。

 

検査技師さんが来られて

「今日は機嫌がいいので

 麻酔なしで検査しましょう。」とのこと。

 

これまでにも

何度もCTを受けているご様子。

 

検査室には赤ちゃんだけ入り

お母さんは廊下に出てこられました。

検査室からは

赤ちゃんの大きな泣き声。

お母さんはそれでも落ち着いて

待っておられました。

 

検査技師さんが来られて

「動くのでやっぱり麻酔します。」

とお母さんに言われると

お母さんは

「お腹が空いたのかもしれませんね。」

と言って

優しい顔で赤ちゃんを抱いていました。

 

 

「なんて強いお母さんなんだろう。」

 

私なら検査の時点で泣いちゃうし

麻酔を打つのかと想像しただけで

泣いてしまうに違いない。。。

 

でも。。。

本当は心配でならないはずです。

病がわかった時には

たくさん泣かれたことでしょう。

診察や検査

その度に泣いていたのかもしれません。

 

泣いて泣いて。。。

決意されたのかもしれませんね。

 

「私がしっかりしなければ」

「私が泣いてても良くならない」

そうやって

たくさんの涙と決意を持って

お母さんの今があるように思えました。

 

その笑顔で生きている姿に

優しさと強さを感じました。

ほんとに素晴らしい。

 

赤ちゃん。

早く元気になってね。

お母さん。

赤ちゃんと幸せでいてね。

 

 

病院には

たくさんの患者さんが来られています。

大学病院だけあって

難病や大病の方が多いでしょう。

 

私もそのひとりとして

すれちがう人たちに

「これからも生きていこう」

「私も生きていくよ」

とココロの中で声をかけて歩いています。

 

もちろん今日は赤ちゃんにも。

赤ちゃんのお母さんにも

ココロの中から

エールを送りました。

 

 

 

帰り道は

お日様が出て

車中は暑いくらいでした。

 

うちの花桃も散りゆき

花びらをたくさん落としています。

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こうやって

またひとつ季節が変わろうとしていることを

教えてもらっています。

 

これから過ごしていく時間の中で

今を受け止め

前に進める自分でありたいと

思います。