「今」を大事に生きていく

過去は変わらず未来はわからないのだから

大切な人からのメールを待っている

初夏になればタチアオイの花が咲き始めます。

タチアオイを見ると私は

大切な人を思い出して切なくなります。

 

 

病気になった私の不安に

いつも短くてあったかい言葉をサラッとふりかけて

不安を取り除いてくれた大切な人がいました。

 

一緒にタチアオイの花を見たことを

私はいつまでも覚えています。

 

いつでも話すことができて

いつでも会えると思っていました。

 

でも

その大切な人は病気になり

会えなくなってしまいました。

 

私をたくさん助けてくれたその人に

今度は助けになりたくて

私はたくさんのメールを送っていました。

励みになればと思って。

タチアオイの花の写真も撮って送りました。

 

一緒にタチアオイの花を見たのを覚えているかな。

 

 タチアオイ
 

 

でもほとんど返信はなく

心配で心配でたまらなかった日々が続きました。

 

私からのメールはきっと

なんの励みにもなってなくて

それどころか迷惑だったのかもしれません。

 

数年たってようやく、、、

「いつもメールをくれたのに返信できずにごめんね」

そんなメールが届きました。

 

ごめんなのは私の方です。

しつこくメールをしてごめん。

頑張れと言わんばかりのメールをしてごめん。

  

辛いのに決して弱音は吐かず

何か新しいことを見つけて

進んでいる人なのです。

 

結局すがっていたのは私の方だったのかもしれません。

 

それでも私の辛かった時を助けてくれた大切な人に

早く元気になってほしいと願っています。

 

いつか会えるかな。

 

以前のように色々話して笑ったり

新しい考え方を伝え合ったりしたいのは

私だけなのかな。

 

もしかして自分の不安をまた埋めてほしいから

また会いたいと思っているのかな。

そうだとしたらひどいな。私。

 

私にできることは

メールをしないことぐらいかな。

メールが来るまで待つことかな。

 

 

大切な人にいつでも会えるという保証はなくて

だからこそ

人と寄り添っているその時を

友達でも親子でも恋人でも夫婦でも

当たり前と思わず接していけたらいいんでしょうね。

 

もうすこしすればタチアオイが咲きます。

写真を撮って送ろうか。。。

まだそんな想いがわいてくる。

 

タチアオイの花。

見ないで過ごす初夏を迎えようか。。。

それもいいのかもしれないな。