cocoroの中にたくさんのこと

母、主婦、保育士の日々の工夫や思いを綴る

母の車のタイヤ交換

今日は実家の車庫で

母の車のタイヤ交換を

旦那と一緒にしました。

 

ほぼ旦那がしたんですけどね。

 

父が生前言っていた

「お母さんは何もわからないから頼む」

と言う言葉通り

3月3日の父がいなくなってからの日々は

私も妹もその旦那たちも

母の助けになるようにしています。

 

母の車のタイヤ交換も

父の心配事のひとつでした。

毎年旦那が手伝っているけれど

自分がいなくなった後も

よろしく頼むと託していきました。

 

いつもなら

旦那にお任せで

私は家の中にいますが(ごめんなさい)

今年は

タイヤの空気圧を測る

お手伝いをしました。

 

うまく差し込めず

タイヤから空気を逃してしまうので

旦那が呆れていました。

 

「初めてしたんだから

 どうしたらいいか

 教えてくれたらいいやん。」

と言ったら

「しっかり差し込むだけ。」

と言われました。

 

チッ。。。

そりゃまあそうなんだろうけどさ。

最初から

なんでもうまくいくことなんてないよ。

自分の時はめっちゃ聞いてくるやんか。

 

なーんて

悶々としながら

何度かトライしているうちに

空気圧を測るのも入れるのも

上手くなりました。

 

自分の努力も必要ってことです。

はい。反省。。

 

 

やりながら涙が出てきて

しょうがなかったです。。。

なぜって?

 

実家の車庫には

父が使っていた工具や軍手があって

その軍手を手にはめた時

なんともじんわりしたのです。

 

父がこんなに早くいなくなるなんて

思っていなかったなあ。

 

タイヤ交換が終わり

実家に戻ると

たまたま開いてあったパソコンで

父の病の備忘録を

目にすることになりました。

 

ほとんどが病の経過を記録してあるだけ。

でもたまにこんな感想が

書かれていました。

 

今年の1月1日。

長女(私)夫婦がうなぎの蒲焼を

お店に取りに行って届けてくれた。

久しぶりに食べることができた。

とてもおいしかった。

感謝。感謝。

 

2月某日

娘たちがいろいろしてくれる。

感謝。感謝。

 

でも2月末からは

何も書いてありませんでした。

緩和ケアを勧められてからです。

もうパソコンに向かうことも

できなかったのです。

それなのに

今年の12月まで

書くスペースを設けてありました。

 

 

お父さん。

もっと生きたかったよね。

もう涙が溢れて

なんとも言えない気持ちになりました。

 

 

人はいつの日か

生きることに満足して

もう死んでもいいと思えるものなのかな。

 

考えてみたけど

そんな時がくるとは思えません。

 

欲望がある以上は

やっぱりまだまだ

生きたいと思うもんじゃないかなって

思います。

  

 

だからこそ

思う存分

今を楽しんでいけたら

いいのでしょうね。

 

でも。。。

人生

そんなうまいことばかりとは限らない。

 

失敗だってするし

病気にだってなります。

 

だからこそ

自分のしたいことを

自分のペースで

楽しんでいくことが

大切なんだと思います。

 

そういう意味では

父はとても幸せだっだのではないかと

私たち家族は思っています。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

タイヤ交換をしてもらった母はというと。。。

 

「ありがと。ありがと。助かったーーー。」

とお礼を言い

いつもの明るい母でした。

 

母は父がいなくなってから泣いたのかな。

 

そういえばこの間

家に寄った時

父の遺影の前にコーヒーを置いて

その前で

母がコーヒーを飲んでいました。

 

強い人だけど

私たち娘とはまた違う寂しさがあるだろうし

違う思い出に浸ることもあるだろうな。

 

 

 

お母さん。

父の看病

よく頑張ってくれました。

 

小さな頃は

母の強さに圧を受けて

苦しかったこともあるけれど

これまで母の強さで

救われたこともたくさんありました。

 

ありがとう。お母さん。

 

お母さんが

父のそばにあるお供花を

新しいものに変えていました。

 

よかったね。お父さん。

 

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もう少しだけ

お家にいてね。