「今」を大事に生きていく

過去は変わらず未来はわからないのだから

ありがとうを伝え会うこと

暖かい日が続き

クマも冬眠から目覚め

人里に降りてきているらしいです。

 

コロナの影響で

都市封鎖が長く続いた欧米の都会では

なんとコヨーテやいのししや七面鳥などが

街中をかっ歩する姿が見られたとか。。。

動物たちにとって住むスペースは

人の気配が消えると広がるんでしょうか。

いつもは人間が

動物たちを追いやって

生きているのかなぁと思うと

なんとも申し訳ない気持ちになります。

 

自然との共存と言うけれど

共存してると思ってるのは

人間の方だけかもしれませんね。

 

小中高校の分散登校が始まるなか

ウイルスとの共存も

やむを得ない状況なんだと思います。

 

共存か。。。

お互いに幸せになるような共存なら

うまくいくのだろうけど

どちらかに都合が悪くなると

共存って難しいですね。

 

と言っても

共存が必要不可欠なんでしょうね。

 

 

家の中でも家族と同じ屋根のした

共存してると言うことで

ありがたいと思うこともあれば

面倒に思うこともあります。

 

自分の体調が優れないときは特に

その面倒さがイライラのもとになったりします。

 

だから共存とは

相手の立場を考え

思いやりを持ちながら過ごす

と言うことではないでしょうか。

 

家族ってわかりあってるようで

やっぱり相手のことをわかろうとしたり

自分のことをきちんと伝えないと

共存はできないですよね。

 

家族との共存って思ってたより難しいの。

だから些細なことで

イラッとしちゃうこともある。

逆にしてもらったことは

感謝の気持ちを持ちながらも

ありがとうを伝えきれずに

スルーして終わっちゃうことも

あるんじゃないかな?

 

どんな小さなことでも

ありがとうと言うようにしています。

だけど自分にありがとうを求めるのは

失敗するパターンね。

ありがとうは求めるものではなく

自分の気持ちを伝えるものなんだと思うんです。

 

 

そういえば

娘が休校で家にいることが当たり前のようになり

洗濯やらパン作りやら

いつも以上のことをしてもらうと

ほんとにありがとうという言葉が出てきます。

ありがとうを伝えると

娘もまたしてくれたりして。

 

先日は急に味卵を作っておいてくれたので

ラーメンにしました。

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ほんとに美味しくて

またつくってほしいと伝えると

そんなに美味しかった?と言いながら

ポーカーフェイスで嬉しそうにする娘。

 

 

でもさ。

特別なことだけじゃなくて普段から

ありがとうという言葉が

自然に出るのがいいね。

 

 

保育園ではありがとうの言葉が行き交います。

どんな小さなことでも

保育士同士がありがとうを伝えあっています。

だからというわけではないですが

自分で気付いたことをどんどんしていく気持ちが

自然にわくのかもしれません。

 

 

家族間でも

そんな風に言えば

自然にみんなが気づいて

いろいろするんかな?

 

でも家族間はまた違う

特別な社会のような気もするな。

甘えあっているというか。

 

先日娘が皿洗いをしてくれたとき

「すごく疲れてたから助かったよ。ありがとう」

と伝えると

しばらくしてから旦那も

ありがとうを言っていて

ほんとにびっくりしました。

旦那の口からありがとうなんて。。。

 

 

ありがとうは伝染するのかな。

 

人には求めず

私はありがとうを大切にしたいと思ってます。

 


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ベルフラワーが満開に!

かわいいね。

ありがとう。